服部正『アウトサイダー・アート』光文社新書

アウトサイダー・アート (光文社新書)

アウトサイダー・アート (光文社新書)

2003年12月7日掲載

評者:森岡正博 (http://www.lifestudies.org/jp/)

 とても面白い本だ。面白いだけではなくて、深く考えさせられる。アートとは何だろう、障害とは何だろう、作品とは何だろう。自分の中にあった既成概念が、がらがらと崩れていくのが分かる。この新書は、アウトサイダー・アートというものを、一般の読者に開いたという点で、画期的な書物になるのではないだろうか。
 アウトサイダー・アートとは、「これが芸術だ」という一般常識からはかけ離れているにもかかわらず、観るものになんともいえない感動をもたらす作品のことである。そして、多くの場合、作者たちは、自分が製作したものを「アート」だとは思っていない。彼らは、何かに取り憑かれたようにただ黙々と「物体」やら「デッサン」やらを作り続けるのみ。そして彼らの多くは、いわゆる知的障害などをもった人々である。
 知的障害をもつ八島孝一は、自宅から施設まで、ゆっくりと二時間もかけて歩く。そのあいだ、道に落ちている様々な物体、たとえば歯車や、空き容器や、ボールペンなどを吟味しつつ拾っていく。そして彼は、集めた収穫物をセロハンテープで器用に接着し、唖然とするほど美しい造形物を作り上げてしまうのである。その作品群は、施設の職員によって保存されたがゆえに、いま我々の前に「アート」として紹介される。
 この本で紹介されているアウトサイダー・アートで、私がもっとも感動したのは、喜舎場盛也(きしゃばもりや)の生み出す「漢字の宇宙」だ。知的障害を持つこの二四歳の若者は、航空管制記録紙に、ひたすら漢字を書き込んでいく。篆刻かと思われるほど整った筆致の小さな漢字で、広大な記録紙全面が埋め尽くされた作品からは、どこか宗教的な香気さえたちのぼってくる。一枚を漢字で埋め尽くすのに半年はかかるのだが、本人ははたして自分の作業をアートだと思っているのだろうか。
 もちろん本書の著者の服部さんは、アウトサイダー・アートをすら「美術」の内側に取り込んでいこうとする制度化の罠に気づいている。しかし同時に、彼ら作家たちの集中力と偏愛こそが、芸術の原点なのだと服部さんは訴えるのである。

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