小林正弥『非戦の哲学』ちくま新書

非戦の哲学 (ちくま新書)

非戦の哲学 (ちくま新書)

2003年4月6日信濃毎日新聞掲載

評者:森岡正博 (http://www.lifestudies.org/jp/)

イラク戦争が始まってしまった。またしても、正義の名のもとでの暴力が行使されたわけだ。一連のなりゆきを見ていた心ある人たちは、もっと他のねばり強いプロセスがあり得たはずなのに、という悔恨の念を抱いているにちがいない。
 本書は、この混沌とした世界のなかで、ぎりぎりまで戦争を避けるにはどうしたらよいのかを考えているすべての読者に、ストレートに問いかける書物である。著者の小林さんは、戦争はいっさい行なってはならないという完全な反戦論の立場は取らない。敵が攻めてきたときに防衛するための「専守防衛」は、いわば「必要悪」であり、心情的にはつらくてもそれを認めないといけないのではないかと主張する。そして、これが日本の理念となるべきだと言う。
 かと言って、「普通の国」になるための軍備強化が必要だとは考えない。むしろ逆に、平和主義を明記した日本国憲法を、戦後日本の誇るべき公共哲学として堂々と打ち出すべきだと言うのである。日本国憲法は二一世紀の「聖典」であるとさえ小林さんは主張する。このようにして、完全反戦主義でも、軍備増強論でもない第三の立場を構想しようというわけだ。
 このような主張は、とくに目新しいものではないかもしれないが、対米テロが起き、イラク戦争が起きてしまった現在、われわれはもう一度この次元にまでさかのぼって、現代の公共哲学を根底から問いなおさないといけないように私は思う。
 小林さんは、侵略戦争軍国主義、核戦争、文明衝突戦争の四つを、何が何でも否定すべき公共悪だと考える。いわゆる「文明の衝突」論は、机上の空論ではない。実際に、イラク戦争も、アラブ世界・対・米英という姿を徐々に取り始めている。もし、文明衝突戦争が本格的に始まってしまったら、それは地球全体を巻き込む悲惨な出来事になるだろう。だから、小林さんは、あえて「文明の衝突」論を評価して、そのような文明の衝突がぜったいに起きないようにわれわれは努力すべきなのだと主張するのである。議論の叩き台となる好著だ。

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