石川准・倉本智明編著『障害学の主張』明石書店

障害学の主張

障害学の主張

2003年1月12日信濃毎日新聞掲載

評者:森岡正博 (http://www.lifestudies.org/jp/)

 障害をもった人たちが、いまの社会のなかで生きていくのは、まだまだきびしいことである。本書にも紹介されているけれども、電車の隣に座った人に「きたいない」と言われて席を立たれたり、喫茶店で出ていくように言われたりする。
 障害については、いままではおもに医療やリハビリテーションの専門家たちが考えてきた。身体に障害があるのだったら、訓練によって人並みに動かせるようにして、いまの社会に適応してもらうという試みがなされてきた。
 しかし、よく考えてみれば、なぜ障害者のほうが、社会の都合に合わせなければならないのだろうか。障害者は、いまのままの自分の身体や心を、肯定してはいけないのだろうか。自己肯定したうえで、社会の側の都合との折り合い点を探すべきなのではないだろうか。
 このようにして、障害をもった本人の存在を肯定し、その視点から「障害者」と「社会」の関係を考え直していこうとする学問として「障害学」は誕生した。本書は、日本の障害学の最近の成果を、まとめ上げたものである。新進注目の書き手がそろった、タイムリーな一冊であろう。
 立岩真也は、「障害者は生産ができないではないか」という声を吟味し、たしかに何もできないよりは、何かができたほうが望ましいとは言えるのだが、それをすべての人間にまで当てはめるのは間違っていると言う。もし仮に私が何かをできなかったとしても、私のかわりに誰かがそれをやってくれる仕組みが、無理なく社会のなかに組み込まれていればいいわけである。であるから、「できるほうがいいに決まっている」という考え方は、ダメなのだと結論する。
 倉本智明は、身体に障害をもつ男たちのセクシュアリティについて興味深い考察をしている。障害をもつ男性が、「男」としての自己肯定を得るために、「エッチな俺」「女性を征服できる俺」になろうとするケースが少なからずあり、彼らは過剰な男性性を引き受けなければならないという困難に直面するのではないかと言うのである。新鮮で切実な問題提起が随所に見られる書物だ。

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