ビル・マッキベン『人間の終焉』河出書房新社

人間の終焉

人間の終焉

2005年10月16日新潟日報ほか(共同通信)掲載

評者:森岡正博 (http://www.lifestudies.org/jp/)

 いま生命倫理の最先端では、驚くべきことが議論されている。遺伝子操作やクローンなどの技術を使って、生まれてくる赤ちゃんを親の思い通りに改造してもいいかどうかがホットな話題になっているのだ。
  たとえば、IQ(知能指数)を高くする遺伝子が分かったら、赤ちゃんが受精卵のときにその遺伝子を注入しておけば、頭のいい赤ちゃんが生まれてくるようになるかもしれない。美しい顔やスタイルをもった赤ちゃんを遺伝子操作で作れるようになったら、その誘惑に勝てる親は、どのくらいいるのだろうか。
  本書は、将来確実に訪れるこれらの先端技術に対して「そんなものは要らない!もう十分だ!」と訴える。先進国の科学文明は、もうこれ以上進歩させても、人間の幸福には必ずしも結びつかないところまで来ている。だからいま必要なのは、欲望をどんどん肥大させることではなくて、与えられたものを歓待し、その中で生きる意味を見出すことではないかと言うのである。
  このような「脱欲望」の勧めが、米国民には容易に通じないであろうことを著者は自覚している。しかしそのうえで、著者は、先端技術による子どもの改造が、子どもたちにより多くの自由と選択肢を与えるのではなく、その逆に、多くの子どもたちから人生の選択の自由を奪い、生きる意味の創造を奪っていくということを、説得力をもって示すのである。
  だから試されているのは、結局のところわれわれの知恵なのだ。寿命をどんどん延ばすこと、能力をどんどんアップさせること、生命を自由自在に操ること。それは人生にとってどのような意味をもつのか。本書を読むと、これらの根源的な問題を考え込まざるを得なくなる。
  本書はこのような哲学的な問いによって貫かれているが、文体は良い意味でジャーナリスティックであり、生命倫理の最新の議論もほどよく取り込まれている。現代がどのような時代なのかを知るための格好のテキストだと言えるだろう。

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