マイケル・サンデル「完全な人間を目指さなくてもよい理由」
完全な人間を目指さなくてもよい理由?遺伝子操作とエンハンスメントの倫理?
- 作者: マイケル・J・サンデル,林 芳紀,伊吹友秀
- 出版社/メーカー: ナカニシヤ出版
- 発売日: 2010/10/12
- メディア: 単行本
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2010年10月24日京都新聞掲載
生命倫理というと、日本では脳死臓器移植や安楽死・尊厳死の問題がさかんに論じられてきた。それらは簡単には解決できない大問題であるが、それに匹敵するほどの難問がいま立ち上がってきている。
それは、最先端医療技術をもちいて、人間の身体的・精神的能力を増大させたり、あるいはこれから生まれてくる子どもに遺伝子操作をしてより優れた子どもを作り出したりしてもよいのか、という問題である。英語では「エンハンスメント」すなわち人工的になされる能力増強・能力拡大の倫理的問題と言われている。
個人の自由選択を最大限にみとめようとする自由主義思想によれば、エンハンスメントは、それが人権を侵害したり、公平性に反したりすることがないかぎり、個々人の自由にゆだねてよいことになる。このような分かりやすい議論に真っ向から反論するのが、サンデルの本書である。
エンハンスメントの問題の本質は、「人間のいのちは与えられたものである」という事実に対する謙虚さがむしばまれていき、不運な境遇におちいった人に対する共感能力が社会から失われていくところにあるとサンデルは言う。
遺伝子操作や薬物投与によって子どもの能力を幅広く増強させることができるようになった社会では、親には子どものために適切な能力を付与する責任が生じ、その責任範囲は親がもう背負えないところにまで拡大しかねない。
また能力増強された人たちは、弱者たちと一緒の健康保険からは脱退するようになり、かくして、自分よりも不幸な人々との連帯の感覚がどんどん薄れていく。エンハンスメントの具体的な問題点を、社会における「連帯」の消失に見るサンデルの考え方は、非常に示唆に富むものである。
幹細胞研究に関しては、適切な規制を行なった上で推進すべきとする。この点で、宗教的な保守派とは一線を画している。コンパクトにまとまった、非常にバランスの取れた生命倫理の好著であると言えよう。
評者:森岡正博 (http://www.lifestudies.org/jp/)
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