小泉義之「生と病の哲学」
- 作者: 小泉義之
- 出版社/メーカー: 青土社
- 発売日: 2012/06/22
- メディア: 単行本
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2012年8月5日日経新聞掲載
著者はこの本で、人間の生命とはいったい何なのかについて、これまでにない方法で考察しようとしている。老いること、異性と交わって子どもを持つこと、自分の身体をサイボーグのようにしていくこと、それらが人間にとってどのような意味を有するのかについて、哲学者ならではの思考実験を行なっている。その難解な文体は読者を容易には近づけないが、それでもなお強烈なインパクトを残すことに成功している。
レズビアンの思想家であるリッチは、私たちの社会の中核に「強制的異性愛」というイデオロギーがあることを発見した。すなわち、「人間ならば異性愛であるのが当然」という強烈な洗脳がこの社会には充(み)ち満ちているのであり、その意識を前提としてこの社会のすべての仕組みが組み立てられているというのである。「異性愛」はけっして「自然」なできごとではなく、「強制」されたできごとなのだという意味で、それを「強制的異性愛」と呼ぶのである。
ところで著者は、この社会にはもうひとつの目に見えない強制があると言う。それは、人類は生殖によって次世代を生み続けていかなくてはならないとする強制である。「人間個体のいのちは有限なのであるから、人類は子孫を再生産し、次の世代へと様々なものを引き継いでいかなければならない」という考え方こそが、この社会に現存するひとつの大いなる「強制」なのではないかと言うのである。
さきほどの「強制的異性愛」と対比させて言えば、これを「強制的再生産」イデオロギーと呼ぶこともできるだろう(著者自身はこの用語を使わないが)。「人類は次の世代を生み続けていかなくてはならない」というのも、実は社会による巧妙な強制なのであり、男も女もその支配下から脱することによってはじめて、人類の未来に向けた哲学的思索が可能になると著者は示唆する。
男性哲学者から出されたこの種の問題提起は、フェミニストをいらだたせること必至であるが、しかしこのような「空気を読まない」アプローチこそが、哲学者のもっとも得意とする技であることに間違いはないと私は思う。
評者:森岡正博 (http://www.lifestudies.org/jp/)
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◆森岡正博の書評ページ(森岡執筆の書評一覧があります)
http://www.lifestudies.org/jp/shinano01.htm
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