宮沢賢治・幸福目指す「決意表明」

『読売新聞』(大阪版 2013年2月7日 夕刊)でのインタビュー

<世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない>。賢治は『農民芸術概論綱要』でそう記した。「これを真正面から受け取ると、私たちは幸せになってはいけないことになる」と森岡さんは話す。現代、地球の裏側の紛争や飢餓の情報がすぐ届く。大災害も絶えない。不慮の事故や病気、いじめもある。全人類が幸せになる日は来ないからだ。
 だから、賢治の言葉はみんなの幸福を目指す「決意表明」だと森岡さんはとらえる。「幸せでない人々から目をそらさずにかかわっていく。その条件で、人は幸せを感じてよいのだと僕は考えます」
 賢治は、この「決意」を実現に近づける道筋を書き残していないだろうか。森岡さんは、のちに著わされた『銀河鉄道の夜』に着目する。
 四つの原稿が残るこの未完作の第三次稿で、印象深い場面がある。星座巡り鉄道で、<ほんたうのさいはひは一体何だらう>と問う主人公ジョバンニ。やがて横にいたはずの親友カムパネルラが忽然と消え、不安と悲しみで泣き叫ぶ。すると、ある博士が現われて語る。<みんながカムパネルラだ><幸福をさがしにみんなと一しょに・・・行くがいい>
 「お前の出会う人はみんなカムパネルラなのだという。不思議な言葉です。ここでいうカムパネルラとは、”いま一番身近で大切な相手”のことではないか」と森岡さん。
 誰にとっても、人生のときどきで近しく大切な人がいる。まず目の前のその人を幸せにすればいい。もしみんながこの気持ちでいれば、幸せは世界に広がる。
 「普通の人が実践できる思想に賢治は達した。『農民芸術概論綱要』で提起した幸福の問題を解決していると思います」

いろいろ長くしゃべったのだが、ポイントを的確にまとめてくれた。細部ではいろいろ異論もでるだろうが、全体として、この路線のことが浮かび上がってくる。