坂井律子・春日真人『つくられる命:AID・卵子提供・クローン技術』NHK出版

つくられる命  ~AID・卵子提供・クローン技術

つくられる命 ~AID・卵子提供・クローン技術

2004年6月20日東京新聞掲載

評者:森岡正博 (http://www.lifestudies.org/jp/)

 他人からの精子を用いた人工授精によって生まれた子どもが、世界中にたくさんいる。生まれた子どもから見てみれば、卵子は母親のものなのだが、精子は父親のものではない。誰か分からない第三者精子なのだ。
  だが、子どもが大きくなったときには、どうするのだろうか。多くの場合、両親は子どもに出生の秘密をしゃべってない。それだけではなくて、両親もまた、精子が誰のものなのかを知らないのだ。精子を提供した人の匿名性は、病院によってきびしく守られているのである。
  ところが、何かのきっかけで、遺伝上の父親が他にいることに気づいてしまった子どもたちが出てきた。彼らは、両親がいままで出生の秘密を隠してきたことにショックを受け、なんとかして自分の遺伝上の父親を探そうとする。彼らは、インターネットを駆使して、同じような境遇の子どもたちをネットワークし、出生時の病院の情報を探索し、精子を提供した人物を特定しようとするのだ。
  本書の著者たちは、遺伝上の父親を突き止めようとする彼らの行動を、つぶさに追った。そして、ふだんは知られることのない彼らの心情を、あたたかいまなざしで浮かび上がらせることに成功している。出生の秘密を隠された子どもたちは、のちにそのことを知ったときに、大きな心の傷を受ける。
  その傷は、他人には推し量れないものであろうが、しかし本書で紹介されている子どもたちの必死の思いは心を打つ。養子縁組をした親から、あなたはどうしてそんなに「遺伝上の父親」にとらわれているのかと突きつけられ、親と子がともに真実を伝えあうプロセスの中で、親子の関係が紡ぎ上げられていくことに気づいた子どもの話は感動的だ。
  と同時に、慶応大学で行なわれてきた精子提供で、提供者の匿名性が守られてきた大きな理由のひとつは、現在、立派な地位の医者になっているかもしれない提供者を守ることにあるとの指摘も興味深いものであった。

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