河野美香『学校で教えない性教育の本』ちくまプリマー新書

学校で教えない性教育の本 (ちくまプリマー新書)

学校で教えない性教育の本 (ちくまプリマー新書)

2005年4月10日熊本日々新聞掲載

評者:森岡正博 (http://www.lifestudies.org/jp/)

 性体験をする若者の年齢が、どんどん下がってきたと言われている。中学生や高校生の子どもをもつ親にとっては、大きな悩みだろう。子どもが家の外で何をしているのか、追跡して見張っているわけにもいかないし、かと言って完全に子どもの自己決定にまかせていればいいという開き直りもできない。
  学校での性教育についても、熱い戦いが繰り広げられている。寝た子を起こすことはないという意見と、子どもがセックスをしていることを前提として教育しないと意味がないという意見が、正面からぶつかり合っている。
  河野美香さんの『学校で教えない性教育の本』は、後者の立場で書かれた本だ。実際に中学生や高校生が読みやすいように、漢字にはルビが振られ、語り口もたいへん読みやすい。産婦人科の医師である著者は、来院する若い女の子たちの実際の悩みを知っている。だから、若者のセックスについての絵空事を論じるのではなく、現実に起きていることにどうやって対処すればいいのかという現実主義で貫かれている。
  この本で河野さんが語りかけようとするのは、主に女子生徒たちだ。なぜなら、正しい性の知識を知らないがために、たいへんな状況に陥るのは、やはり圧倒的に女の子だからである。河野さんが熱意をこめて語るのは、避妊、中絶、出産、性感染症である。女の子のための性教育に必要なのは、やはりそれらの情報だろう。それに加えて、たとえば月経についての語り口は、とても親身でかゆいところに手が届くようだ。月経の量や、不順や、痛みなどについて、こんなふうに教えてくれるのは、おそらく女の子にとっては大きな助けになるだろう。(私は男性だから追体験できないのだが)。
  この本はぜひ中高生に読んでほしい。しかしそのうえで思うことがいくつかあるので、それについて考えてみたい。これはこの本だけではなくて、性教育の本全般に言えることだと思うのだが、どうしても内容が説教臭くなってしまうはどうしてだろうか。
  たとえば、この本でも、セックスの目的は何かと問うて、その答えとして「子どもを作るため」と「相手とのコミュニケーションのひとつ」という二つの解答を与えているのだが、そこで終わっている。そこには、「気持ちいいから」「どきどきするから」「興奮するから」「やりたいから」といった、誰でもが想像しそうな素朴な答えが用意されていない。もちろん、ジェンダー論では、それらの興奮や気持ちよさは、実は学習によって構築されたものであるとされているのは、私もよく知っている。
  だが、性情報に囲まれた子どもたちは、かなり素朴に、セックスは気持ちいいらしいから、どきどきするから、してみたいというふうに思っているのじゃないだろうか。実際、われわれ大人の男女だって、気持ちいいから、やりたいからしているという面ははっきりとあるわけだから、そこに蓋をすることなく、正面から快楽について語り、そのうえで「セックスは快楽追求だけではないんだよ」「お互いを尊重する気持ちがいちばん大事なんだよ」と論をすすめていくやり方があるんじゃないかと私は思ってしまう。
  さらに言えば、男の子のための性教育の本が、もっとたくさんあってもいいはずだ。セックスにおいてたいへんな目に遭うのは、ほんとうは女子だけではない。男の子も、夢精やマスターベーションをどう処理すればいいのかとか、エッチビデオをこっそり見て興奮している自分はダメな人間じゃないのだろうかとか、いろいろな悩みを持つと思う。そして、そういう心の悩みを一人で抱え込んでしまい、その結果、女性を過度に理想化したり、生身の女性とは付き合えなくなって恋愛から逃避する男ができあがるかもしれない。そういう男は自分の体を汚いと思っているかもしれない。そこを解明する本も、ぜひ必要だと思うのだ。

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