デニス・アルトマン『グローバル・セックス』岩波書店

グローバル・セックス

グローバル・セックス

2005年3月27日日経新聞掲載

評者:森岡正博 (http://www.lifestudies.org/jp/)

 グローバル化については、いままで様々なことが語られてきた。アメリカ的な経済システムや価値観が全世界をくまなく覆い尽くすことによって、旧態依然たる社会秩序が解体することをよろこぶ意見がある一方で、そのブルドーザーのような破壊によってローカルな多様性が失われ、世界はますます非人間的なものになっていくという嘆きもある。
  本書は、このようなグローバル化の光と陰が、まさに世界中の「セクシュアリティ」の現場においても、すさまじい勢いで進行中であるということを、豊富な資料をもとに描いたものである。グローバル化セクシュアリティという、よだれの出そうな研究テーマなのであるが、著者によれば、いままで本格的には研究されてこなかったらしい。
  セクシュアリティにおけるグローバル化とは、まず性に関する「アメリカの想像界」が、世界中のいたるところへとばらまかれていくことである。それは「望ましい身体イメージ」が、アメリカを経由地点として世界へと拡散するプロセスだ。そして、そのイメージに自分の身体を合致させようとして、摂食障害などが「貧困」な地域へと拡大する。このようなグローバル化の裏面に、著者は次々と光を当てていく。
  さらには、世界中に広がりつつあるエイズ教育・予防プログラムですら、「西洋的な概念にもとづいたセクシュアリティと性的アイデンティティ」を世界へと輸出し、伝統的な認識枠組みをそれによって次々と駆逐していく結果となっていると著者は言う。このような変化が現に起きているという事実を、まず認識するところからはじめてほしいと著者は述べる。
  買売春グローバル化も深刻である。売られる女性や男性や子どもたちは軽々と国境を越える。もちろん、性の自由と多様性は重要であるが、そのためにはグローバル化の犠牲になっている人々に対して「基本的に生存に必要なものへのアクセスが保証」される必要があると強調する。それが緊急の課題であることは言うまでもない。ゲイである著者の鋭い視線が随所に光る本である。

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