『いのちの砂時計』『終末期医療と生命倫理』『余命半年』『がんと闘った科学者の記録』

いのちの砂時計―終末期医療はいま

いのちの砂時計―終末期医療はいま

終末期医療と生命倫理 (生命倫理コロッキウム)

終末期医療と生命倫理 (生命倫理コロッキウム)

余命半年 満ち足りた人生の終わり方 (ソフトバンク新書 96)

余命半年 満ち足りた人生の終わり方 (ソフトバンク新書 96)

がんと闘った科学者の記録

がんと闘った科学者の記録

2009年7月12日日経新聞掲載

 二〇〇六年に、富山県射水市民病院で、終末期患者の人工呼吸器が取り外されて死亡する事件が発覚した。これは殺人ではないかということで問題となったが、この事件は同時に、水面下で行なわれている数多くの類似のケースを浮かび上がらせることとなった。医師と家族が話し合い、末期で意識もない患者から人工呼吸器をはずす行為は、現場ではしばしば行なわれてきたことなのだ。
 共同通信社社会部『いのちの砂時計 終末期医療はいま』によれば、脳死ではない状態の末期患者から人工呼吸器をはずしたことのある救命救急センターは、アンケートに回答した九五施設のうち、三施設あったという。日本救急医学会による呼吸器取り外しのガイドラインも発表されたが、現場では混乱が続いている。
 この種の問題が国際的にもまったく解決を見ていないことは、飯田亘之・甲斐克則編『終末期医療と生命倫理』に寄稿された専門家たちの分析を読めば一目瞭然である。尊厳死安楽死をめぐる各国の最新の状況は、混沌の一言に尽きる。同書に収められたフランスの報告書は、生命の尊重と生命を終わらせる措置のあいだには「目が眩みかねないようなディレンマ」があると述べている。延命治療へと突き進んできた現代医療が背負わなければならない代償は、二一世紀に入ってますます大きくなっている。
 ところで、私たちは、人が病院で死んでいくことのリアリティをどこまで知っているのだろうか。そのことを痛烈に問うているのが、大津秀一『余命半年 満ち足りた人生の終わり方』である。私たちが人の死に際について持っているイメージは、テレビや映画のシーンによって作り出されたもの、すなわち、ベッドサイドの家族に最後の別れを告げて、安らかに死に行くというものであるが、それは現実とまったく異なると言うのだ。
 実際には、死が目前に近づいてくると人は体力を失い、しゃべる能力も奪われて、大切な人と言葉でコミュニケーションすることすらできなくなる。そのときに後悔しても遅いから、まだしゃべれるうちに、家族や友人たちとゆっくり時間を取って会話をしておくべきだと大津は強調する。
 この本には、ステロイドの使い方など、末期がんの痛みの治療についての重要な話題が論じられているので、読んでおいて損はない。注目すべきは、大津のような、死のドラマ化に違和感を持つ医師ですら、「この有限の生を生きることの意味は何か」という問いにどこかで立ち会ってしまっている点である(『死ぬときに後悔すること25』)。
 立花隆が編集した、物理学者・戸塚洋二『がんと戦った科学者の記録』を読むと、そのあたりの消息が、さらに胸に染み入ってくる。戸塚は大腸がんを患い、それが転移して二〇〇八年に亡くなった。戸塚はがん闘病記を匿名のブログで公開し、死の直前まで自分で更新していた。そこを抜粋してまとめたのが本書である。
 戸塚は死後の世界を信じない。しかし、自分の命が消滅した後でも世界は何事もなく進んでいくということに気づき、慄然とする。戸塚は自分のがんを見つめながら、キリスト教や仏教の死生観について本を読み、思索をめぐらせていく。だが答えは出ることはなく、ブログは最後の更新を迎える。
 印象的なのは、戸塚が庭の草花の写真をたくさんアップロードしていることだ。咲き誇る花々の写真に、「我が家で芽を出したヘンリーヅタ。生命力を大発散!」、「自分を離れ他の生命力を見つめよ」と書く。最後の日記も、コチョウランについての記述である。
 大地からエネルギーを吸い取って咲き誇る自然の姿に自分を重ねることによって、人は終わりゆくみずからの生命を肯定的に閉じていくことができるのだとしたら、戸塚の求めた答えは、瑞々しい花々の姿をとって、すでに彼に与えられていたということかもしれない。


評者:森岡正博 (http://www.lifestudies.org/jp/)

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