星川淳『日本はなぜ世界で一番クジラを殺すのか』

日本はなぜ世界で一番クジラを殺すのか (幻冬舎新書)

日本はなぜ世界で一番クジラを殺すのか (幻冬舎新書)

2007年5月13日熊本日々新聞掲載

評者:森岡正博 (http://www.lifestudies.org/jp/)

 刺激的なタイトルの本である。著者はグリーンピースジャパン事務局長だということで、捕鯨大国日本を糾弾する書物かと思いきや、そういうわけでもない。各種の資料を用いながら、日本の捕鯨が陥っている袋小路をていねいに解き明かす本に仕上がっている。
 二〇世紀の半ばまでは、各国もさかんにクジラを捕っていた。しかし、乱獲がたたって、一気にクジラの数が少なくなってしまった。なので、クジラも絶滅野生動物と考えて、全世界で保護しようという流れが出てきたのである。ところが、世界中で、もうクジラを捕るのはやめようと言っているなかで、日本といくつかの国だけが、捕鯨推進の旗振りをしている。とくに日本は、「調査捕鯨」の名目で年間一〇〇〇頭を超えるクジラを捕ってきて、その肉を国内で売りさばいている。その肉は、クジラ料理として消費される。
 捕鯨問題を諸外国から指摘されたときに、多くの日本人は、次のように思うのではないだろうか。「日本人がなにを食べようが、それは日本人の自由ではないか。それを外国があれこれ指図するのはおかしい。捕鯨は日本の伝統文化なのだから、とやかく言ってほしくない」、と。その気持ちは私もわかる。欧米系のニュースで日本の捕鯨問題が放映されているのを見るたびに、そのような気持ちがむらむらと湧いてくる。
 しかし本書を読むと、また別の面からこの問題を考え直すこともできるようになるのである。たとえば、捕鯨船に乗って南洋にまで出かけていくような漁法は、日本の伝統文化ではない。日本人が伝統的に行なっていた捕鯨とは、日本近海に流れ着いたクジラを、漁師が小型船で捕獲してくるようなやり方だった。いわば伝統捕鯨とは、一種の沿岸漁業だったのである。
 われわれの知っている日本の捕鯨船の大活躍は、一九三〇年代になってからだ。そして戦後に捕鯨世界一となり、学校給食に登場して、日本人の記憶に刻み込まれた。だが、日本人がクジラ肉を大量消費したのは、この高度成長期のみである。現在ではどうかというと、なんと、調査捕鯨でとれたクジラ肉は、あまり売れてない。在庫はだぶつき気味である。いまの日本人はクジラ肉を食べていない。日本人は、馬肉の半分しか、クジラ肉を食べないのだ。
 このような情勢のもと、調査捕鯨の株を保有していたニッスイなどの民間企業は、二〇〇六年に、すべての株を手放してしまった。その結果、調査捕鯨は日本政府による官営事業となった。もし仮に日本政府の主張どおりに、商業捕鯨が国際的に再開されたとしても、もう日本企業は捕鯨産業に再参入はしないだろうと予測されている。ペイしないものに投資するわけにはいかないからである。
 それにもかかわらず、日本の水産庁は、調査捕鯨をやめようとはしない。ではそもそも調査捕鯨とは何か。調査捕鯨とは、南洋でクジラの数が減っているのか増えているのかを調べるために、クジラを殺して、クジラの年齢などのデータを調べることである。そのデータ収集のために、年間一〇〇〇頭以上のクジラが捕殺される。データ収集後のクジラは、鯨肉として冷凍し、日本に持ち帰って、市場で売りさばくのである。そこで得た利益によって、また次年度、調査捕鯨にでかける。
 諸外国の批判も、この調査捕鯨のうさんくささに集中する。絶滅に瀕しているかもしれない野生動物が、ほんとうに減っているのかどうかを調べるために、どうして年間一〇〇〇頭以上も殺して、かつその肉を本国で売りさばいたりするのか、というわけである。諸外国からの批判に対して、感情的な反発をもってしまうこの私ですら、日本の調査捕鯨のやり方には大きな欺瞞を感じざるをえない。
 個体数の調査をするだけなら、殺さなくても、いったん捕まえてから海に返すやり方があるはずだ。調査は調査として、クジラの命を大切にするやり方を徹底すべきではないのか。本書の著者もまたそのように考える。そして、南洋捕鯨はあきらめて、伝統的な沿岸捕鯨を控えめに再開していけばいいと言う。著者の主張は頷けるし、本書で出された数々の疑問に対して、水産庁には説明責任があると私は思う。

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