池田晶子『14歳からの哲学』トランスビュー

14歳からの哲学 考えるための教科書

14歳からの哲学 考えるための教科書

2003年4月11日信濃毎日新聞掲載

評者:森岡正博 (http://www.lifestudies.org/jp/)

 この宇宙はなぜ存在するのか。生きる意味とは何か。池田晶子さんは、答えが容易には見つからないであろうこれらの問いを、若者たちに突き付ける。そして、これらの問題について、自分の頭で考え続けよと迫るのだ。青少年向けの哲学入門書は、過去の思想家たちの学説のエッセンスを伝えるものが多いが、この本はちがう。これは、読者が実際に哲学をすることを目指して書かれた本なのである。
 池田さんの主張は、非常に明快だ。私が存在しているという出来事、それは奇跡そのものだ。これに比べれば、世の中のあらゆることが色あせてしまうくらい、存在というのは奇跡的なことなのだ。そして私が存在しているということは、他の何ものにも置き換えることができないくらい絶対のものなのだ。この根本感覚を自分の実感で捕まえることこそが、哲学の営みであるというのが、池田さんの言いたいことである。
 哲学とは、多くの人が当たり前だと思っている前提について、わざわざ考えることだと池田さんは言う。自分についてあれこれ考える前に、そもそも「自分」とは何なのかについて考えるのが哲学なのだ。いまここにいる「自分」は、他人に依存して生きている頼りないものにしかすぎないけれど、この「自分」というあり方それ自体は、他の何ものにもけっして還元することができない絶対的なものだ。この意味での「自分」は、そこから眺められるすべての世界や宇宙とつながっているわけだから、「自分」とつながっているところの世界や宇宙もまた、絶対であると言えるはずなのだ。
 というようなことを、池田さんはていねいな言葉で、何度も繰り返して説いている。青少年相手だからと言って、不自然におもねったりしていない。「死ぬという思い込みから解放された精神が、永遠に存在する宇宙として自分のことを考え続けている」という光景は、驚異的な「自由」じゃないのかと池田さんは問いかける。そのようなことを人間が考えられるというところにこそ、哲学の魔力と過激さがある。それを描くことに成功した本なのだ。

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