伊田広行『スピリチュアル・シングル宣言』明石書店

スピリチュアル・シングル宣言

スピリチュアル・シングル宣言

2003年6月22日信濃毎日新聞掲載

評者:森岡正博 (http://www.lifestudies.org/jp/)

 伊田広行さんがここのところ主張してきたことが、一冊の本にまとまった。自分の生き方を模索しようとしている若い人たちにとって、人間というものを深く考える指針となるだろう。
 伊田さんの考え方は、「スピリチュアル・シングル主義」である。略して「スピシン」と呼ぶ。人間のこころの奥深い面や、他人とつながっていく面を大切にしながら、凛々しい個人として自立していこうという思想である。 伊田さんは、これからの日本人はシングル単位主義でないとだめだと言う。とかく日本社会では、集団に埋没することをよしとする風潮があるが、それによって人々はぜんぜん生き生きと生きてないじゃないか。税金や福祉の仕組みを見ても、いつも家族単位で扱われていて、個人主義のかけらもない。私とあなたは違う、ということを前提としたうえで、個人のユニークさを認め合う社会を作っていくことが必要なのだ。
 だけれども、それは「人に迷惑かけてないから、何しても勝手でしょ」ということと同じではないと、伊田さんは強調する。私とあなたは別々の人間だということと、何をしても私の勝手ということを混同してはならない。
 人間は徹底してシングルでなければならないという境地に立ちながらも、そこから、社会のなかの差別を繊細に見出していって、それを解体することが必要だし、そのためには常に他人の言うことを心を込めて聴くことが求められる。権力というものに対する繊細な感性も求められる。
 このように、自分一人の足で立つという地点から、必然的に、ともに生きる人々への共感と、こころの深い次元での響き合いと、人間を全体として生かす力への希求があふれ出てくるような思想行動が、伊田さんのいうスピシン主義なのだ。
 伊田さんは、これまでの古いタイプの左翼運動には限界があると明言する。こわばった声で打倒を繰り返すのではなく、真に人々のスピリットの奥底まで響き合う新しいことばが必要だと主張するのである。

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