荷宮和子『若者はなぜ怒らなくなったのか―団塊と団塊ジュニアの溝』中公新書ラクレ

2003年8月31日信濃毎日新聞掲載

評者:森岡正博 (http://www.lifestudies.org/jp/)

 著者の荷宮さんは一九六三年生まれであり、団塊世代と、団塊ジュニア世代のあいだに挟まれた、肩身の狭いグループに属している。荷宮さんの結論は明快である。いまの日本社会を覆っている閉塞感を生み出したのは、団塊世代団塊ジュニアたちだというのだ。
 まず団塊の世代だが、この人たちは、大多数でつるんでしまえば何も怖いことはないという行動様式を発明し、実践した。そして「自分よりも明らかに目上である、という人間が見あたらない場所では、何をしてもかまわない」と考える。その態度は、「意味なくエラソー」だ。
 彼らの子どもたちである団塊ジュニアは、親の集団主義をそっくりそのまま受け継いでいる。そして「決まっちゃったことは仕方がない」と考え、社会に対して基本的に「投げやりな」態度を取る。何か理不尽なことがあったとしても、それに対して怒りをあらわすのはかっこわるいし、誰もそんなことをしないから、自分もまた怒らない。がんばったところで何も変わらないのだから、がんばったってしょうがないし、がんばらないほうがむしろかっこいいと考える。
 荷宮さんは、このような両世代に対して、怒りをぶちまける。きみたちのような集団主義や、なげやりな態度が、この社会をヤバくしているのだと力説する。もちろん、世代論でくくること自体が大問題だというは著者も認識しているし、このようなくくり方をされて不快になる人々が多くいるであろうことも予想している。しかしながら、荷宮さんの言うような傾向がいまの日本社会にあること自体は、疑えないのではないだろうか。
 これら両世代は、来たるべき「戦争」に対して「断固ノー」と言えないのではないか、という危機感を荷宮さんは抱いている。「仲間はずれ」にならないように神経をすり減らし、怒るべきときでも怒ろうとしない「投げやり」な若者たちを、戦争への道へと追い込んでいくのはきわめて簡単なのではないか。著者が「いまの若い者」にあえて苦言を呈する真の理由はここにある。この声は、どうすれば若者たちに届くのだろうか。

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