梅田望夫『ウェブ進化論』ちくま新書

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)

2006年3月12日熊本日々新聞掲載

評者:森岡正博 (http://www.lifestudies.org/jp/)

 いまやインターネットなしでは、仕事が円滑に進まない時代になった。知りたい情報があれば、まずはインターネットで検索してみる。するとたいがいの情報は短時間で手に入れることができる。それが正確なものであるという保証はないけれど、いろんなページを比較検討すれば、さほど間違ってない情報にたどりつく。
  本やCDなどを買うときにも、インターネットを利用するのが便利である。街の書店やCDショップで売ってないものであっても、すぐに見つけることができる。
  これが一般的なインターネットの使い方であろう。しかし、この本の著者である梅田さんは、いまやこれとはまったく次元の異なったインターネットの使い方が始まっていると主張する。それは、インターネットの世界に、いろんな人たちが情報を持ち寄って、いままでどこにもなかったような知の建築物を作り出そうとする試みであり、またそれらの人々の挙動を自動的に追尾することによって、そこから利潤を獲得しようとする商売の仕方である。
  梅田さんは、このようなインターネットの使い方のことを、「Web 2.0」と呼ぶ。第二世代のインターネットという意味で、最近よく使われるようになってきた言葉だ。第二世代の大きな特徴は、知識やノウハウを自分だけで独占するのではなく、それを、誰でも見ることのできるインターネットの世界に、無料で公開するところにある。そして、その知識やノウハウを、興味ある人たちにどんどん使ってもらうのだ。
  これが、決定的な転換点なのである。
  いままでの企業活動では、自分たちが持っている貴重な知識やノウハウは、自分たちだけで独占するのが普通であった。ところが、第二世代のインターネットを指向する企業はまったく逆のことを考える。彼らは、自分たちの作り出した貴重な資産を、無料でネットに公開する。こうやって、単語の検索システムや、地図を表示する仕組みや、いま売られている書籍の全情報などを、誰でも自由に使えるようになる。それらを自分のブロクなどに埋め込む人々も増えるから、ますます利用者は拡大していく。
  そしてここからが大事なのだが、その無料公開の結果として、人々がどのような言葉をネットで検索したのかとか、いま人々はどのような情報に興味関心をもっているのかとか、いまこの瞬間に人々がどのような本を探そうとしているのかなどの情報が、自動的にそれらの企業へとフィードバックされる仕組みになっているのである。この情報は、個々の人間の購買経歴や嗜好を、生データとして集積したものであるから、まさに宝の山である。それは気の遠くなるような資産価値を生み出すはずである。
  第二世代のインターネットは、商売に大転換を引き起こすだけではない。それよりももっと根本的なのは、見知らぬ者たちが共同して、ネットの世界に「知の宝庫」を作り出せるようになることである、と梅田さんは考える。インターネットには、誰でも新しい情報を追加できる百科事典(ウィキペディア)があるが、いまやその信頼性は大英百科事典に匹敵するとの評価も出始めている。もちろん、間違った情報が追加されたり、心なき者によっていたずらされたりすることもあるのだが、しかし使命感あふれる匿名のサポーターたちによって、それらの不適切な情報はいずれ修正されていくのである。
  ハッカーや、スパムメールなどに象徴されるように、インターネットは危険な無法地帯だというイメージがある。しかしながら、第二世代のインターネットを牽引している精神は、ネットで活動している匿名の大衆に対する「信頼」なのである。ネットを使う大衆を信頼して、情報やノウハウを気前よく公開し、彼らに自由に使ってもらうことで、結局みんなが得をするようなシステムをネットのなかに作り上げる。これが第二世代のインターネットの哲学なのである。
  インターネットの現在を活写した、みずみずしい文体に好感が持てる。この分野の必読書であろう。

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