江畑謙介『情報と戦争』NTT出版

情報と戦争 叢書コムニス02

情報と戦争 叢書コムニス02

2006年5月14日熊本日々新聞掲載

評者:森岡正博 (http://www.lifestudies.org/jp/)

 戦争のやり方が、根本から変わろうとしている。それを押し進めているのは、情報テクノロジーを貪欲に軍事へと取り込んだ米軍だ。その成果は、アフガニスタンや、イラクで試され、そのうちのいくつかは大きな成功をおさめた。
  江畑さんは本書のなかで、ITを取り入れることで戦争がどのように変わるのかを、緻密に描いている。それを読むと、いままで頭の中に漠然とあった「戦争」のイメージが、根こそぎ崩れていくのがわかる。そして、その「新しい戦争」は、まったく別の何かに似ているように思えてくる。
  近年実戦で使われるようになった衛星誘導爆弾は、爆撃機から落とされたあと、GPSによって自分の位置を測定しながら、攻撃目標へときわめて高い精度で突入する。目標の精密な位置情報は、地上軍から、空のパイロットに向けて送信される。だから、パイロットは、自分で攻撃目標を確認することなく、ただ単にボタンを押せばよいのである。あとは自動化されたGPSシステムがすべてうまくやってくれる。これによって、陸海空軍の真の統合作戦が可能となった。
  そして、落とされる爆弾の命中率が飛躍的に上昇したから、大きな爆弾を使う必要がなくなった。つまり、小さな爆弾を、攻撃目標の建物や部屋に向けて、ピンポイントで発射するだけでよくなったのである。江畑さんは書いていないが、この延長線上にあるのは、手のひらに載るくらいの弾丸にGPSと画像認識装置を組み込んで、ターゲットとなる人物一人だけを、上空からピンポイントで殺害するシステムだろうと私は思う。
  また、通信技術の発達によって、戦争のための物資を効率的に前線まで配ることができるようになった。ちょうど、コンビニのきめこまかな配送システムによって、末端の店の商品がけっして品切れにならないように、アメリカ軍の兵士たちも、必要な軍事物資を前線できめこまかく受け取ることができるのである。その結果、軍隊は身軽になり、機動力が増した。
  これらを統合することで、新しい戦い方が可能になった。従来は、人海戦術大阪城を外堀から順番に攻めていくというようなやり方だったが、いま登場してきたのは、まったく逆に、少人数の兵士が情報ネットワークで互いに連絡を取り合いながら、いきなり本丸に忍び込んで、重要人物や重要設備だけを壊滅させるという戦い方である。
  それはイラク戦争でも用いられたが、米軍はさらにその先を考えている。彼らが「将来型戦闘システム」と呼ぶものを、江畑さんは紹介しているが、これにはきわめて興味をそそられる。それは、兵士・戦車などの有人システム八種類と、ミサイル発射機・ヘリコプター・偵察車両などの無人システム一〇種類が、お互いにネットワークで結ばれた攻撃システムである。人間が操縦する兵器と、コンピュータが自動で操る兵器が、IT技術によってお互いに連絡を取り合いながら、戦場に向かって邁進し、それぞれの特徴を生かして敵を撃破していくのである。
  ここにあるのは、網の目のように展開する一個の集団生物のような攻撃システムだ。このシステムには中枢司令部というものがないから、どれかひとつが欠けたとしても、システムそれ自体は攻撃戦略を次々とアップデートしながら攻め続けることができる。これが実践で使われるようになったとき、そこにはどのような光景が広がることになるのだろうか。
  それはまさに現代医療に酷似してくると私は思う。たとえば現代のガン治療は、ガン細胞の位置を体の外から精密機器で測定し、それをピンポイントで攻撃する手法を編み出しつつある。「テロリスト」という「ガン細胞」を絶滅するための戦争が、現代医療に似てくるのは当然なのかもしれない。だが戦争の場合、殺されるのは人間なのである。そのリアリティがIT技術の洗練によって消滅していくことがいちばん怖い。

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