宮地尚子「傷を愛せるか」

傷を愛せるか

傷を愛せるか

けっこう意味深なタイトル。宮地さんの最新エッセイ集。ダイビングをしていてマウスピースを口から離してしまって死にかけたことがあるという。

わたしはマウスピースを口から離してしまった。そうして深呼吸をし、きらめく水面に向かって浮上していこうとした。細かい泡と陰影の踊る光の水の中を。
 そのときわたしはたしかに喜びを感じていた。喜びというのが大げさなら、解放感といってもいい。
・・・・
 でもわたしはあのとき、確実に幸せだった。いってはいけないことのような気がして、これまでほとんどだれにもいわずにきたけれど、死にたかったわけではない。目の前にあったのは、わたしが向かっていったのは、死ではなかった。ただ揺れる水の影と輝く光、そして果てしなく広がる、大気と波音と希望に満ちた空間だった。
(25〜26頁)

美しすぎて、ほんとうか?と突っ込みたくなる。宮地さんと私が決定的に違うのはこういう視点をもてるかどうかというところだろう。最後の「傷を愛せるか」というエッセイもなかなか良い。最後の文章は読むのがちょっと気恥ずかしくなるが、トラウマ研究者である著者の正直な気持ちだろう。

前著はこれ。

環状島=トラウマの地政学

環状島=トラウマの地政学

良書だと思います。