児玉聡『功利主義入門』

功利主義入門―はじめての倫理学 (ちくま新書)

功利主義入門―はじめての倫理学 (ちくま新書)

児玉さんの書いた功利主義についての入門書。こういうタイプの本が書かれるのはよいことだし、最近の議論の大枠についてもわかる。だがその細部についてはどうか。たとえば、第6章の「幸福について」では、機械や薬で幸福になる(脳の幸福中枢を刺激するとか、そういうたぐい)ことについて書かれているが、その難問への答え、あるいは答えへと至る道についての著者の考えがきちんと書かれていない。これが現代の難問であることは分かるが、もうちょいがんばってほしかった。入門書とはいえ、これでは肩すかし感がある。

この難問に対しては、私は、「主観的な幸福感よりも大切なものが人生にはある」ということを明言してから取り組むのがよいと思っている。それの試論は発表したことがある(私のサイトに掲載している)。

あるいは、そもそも功利主義というのは、上記のような明言をしたら成り立たないがゆえに、この難問を最終的には避けるようにできているのではないかというのが、うがった見方かもしれない。あるいは、功利主義の解答というのは、そういう機械や薬を開発して、みんなでどんどん自分の脳を刺激してハッピーになったらそれが一番いい、というものかもしれないし、そう結論している功利主義者はきっとたくさんいるだろう。ただそれをいまの時点であまり公言するとヘンな人と思われるから、ひっそり避けてるのかもしれない。あるいは、そう言っちゃうと、そういう仕方で幸福になる人を宇宙に無限に生み出す義務が生じるという例のアポリアを生み出してしまうから、あまり堂々と言えないのかもしれない。